〜ひとりごと〜


音に抱かれるということ

 私は、別に特別に意識していたわけではないけれど、小さい頃から音楽が好きでした。どうもオペラの好きだった母ゆえに、胎教としてオペラの曲をたくさん聴いていたらしい。
しかし、その育った環境のせいもあって、耳にした音楽は偏っていたように今振り返って思います。なぜなら、中学生の体育の時間、創作ダンスの時にある友人がこの曲素敵だから是非使おうよ!っといってカセットテープに録音してきた曲の名前も知らずに楽しくからだを動かしていた私は大学生になってからその曲が、ビートルズの「ヘルプ」だということを知ったくらいだからです。笑。
 私の通っていた高校には、音大の付属でもないのに何故か「オペラ部」というものがあって、私は3年間、そこで楽しくオペラの世界と過ごすことが出来ました。初めて聴いたオペラは、プッチーニ作曲の歌劇「ラ・ボエーム」。演出家を目指していた先輩OBの自宅で、ルチアーノ・パバロッティ演じる売れない詩人のロドルフォと、ミレッラフレーニ演じる病弱なお針子ミミの悲恋の物語に時間を忘れて没頭し、涙したものです。先輩の大事にしていたレコードジャケットに、大粒の涙のしみをつけてしまったことを、今でもよく覚えています。
 その時、そのプッチーニ旋律に引き込まれて、その情景が目の前に浮かぶように感じて、自分も舞台の上にいるような気にさえなりました。でも、それは音に抱かれるというということとはちょっと違うと思っています。
その後、紆余曲折の人生の中、私は、随分回り道をしましたが、また歌の世界に戻る事が出来ました。
そして、初めてのオリジナル曲をレコーディングさせていただくチャンスにも恵まれました。
 そのときを今振り返って思うこと・・・。音に抱かれるってこういうことなんだな・・・って。
未熟な私ではありましたが、たくさんの演奏家の方々や作・編曲家の方に見守られながら、そう、本当に「感じました」。上手くは説明できません。でも、やっと開き始めのつぼみのような私は、温かい音の光に包まれていました。
 一つ一つの音に、心で、魂で感じようとただそれだけに集中していたように思います。
その時、感じたのです。音と一体になるような瞬間を。ああ・・・、今私は音に包まれている。音に抱かれている・・・。嬉しくて、涙が出てきて仕方がありませんでした。
 他の歌手や演奏家は、そんなことを思ったりしないのでしょうか?
私は、これからも一つ一つの音を大事に感じられる、そんな歌い手であり続けたい。
そして、そういう音を心から求めている同じような音楽を愛する人たちとたくさん知り合いたい・・・。
それが、私の願いです。
私は、幸せだとつくづく感謝しています。

座右の銘

 初めてのレコーディングを終えて、その演奏に参加してくださったある演奏家の方が、こんな言葉をかけて下さいました。
「綾乃さん、これから色々な事があるかと思いますが、どうかこのことを忘れないで下さいね。」
「有名になることや、見てくれの美しさに惑わされる事なく、ひとつひとつの音を大事に奏でる事、それを決して忘れないように。」
そうことばをかけて下さいました。
 私の心に響いた言葉でした。
そういう風に、私もありたいと、その方の他の演奏された作品を耳にする時、良き先輩としていつも思います。
 世の中には、私のまだまだ知らない素敵な、そしてすごい人がたくさんいるのだなぁ・・・・。

その気にさせられた音楽

 ある日ある音楽を聴いていました。
その音楽にひたっていたら、無性に空が飛びたくなったのです。
何故って?その音楽から感じた世界は、セスナかジャンボジェット機のコックピットからはるか彼方の大自然を見下ろすような世界観を感じたから。風を、心地よい風を感じたのです。
 不思議だった。目の前に広がる雲海のような世界と、
太陽の光に照り輝く下界に広がる雄大な大自然の細部まで感じました。飛び交う鳥の群れ。光ながら流れ行く大河。
赤茶けた土の色。深い緑の塊。吸い込まれていくような大きな滝。そんなものがまるで見えるような気がしました。というか、感じたのです。
 そして、私も空を飛びたいと思いました。さすがにセスナは無理だったから、とりあえずパラグライダーを始めました。フライト中は、無線交信のために残念ながらその空へとかき立てられた曲をMDウォークマンとかでは聞けなかったので、自分で口ずさみました。
 私を本当に空へ駆り立てたその曲を書いた作曲家の方をすごい人だと尊敬しましたし、音楽はすごい力を持っていると改めて感動しました。音の世界の中に「感じる」自分が好きだともおもいました。
そして、それをおしえてくださってありがとう・・・。

月の光の音

 夜空を見上げると、そこにはたくさんの星がありますが、その一つ一つは全て太陽と同じ自らが光り輝く恒星です。太陽の存在は、言うまでもなく偉大で、ありとあらゆる命の源を生み出しているといっても過言ではないと思います。しかし、太陽はまぶしすぎて、直接眼で見ることは難しいですよね。サングラスとかそう、昔小学生の頃、色のついた下敷きで太陽を観察したりしたのを思い出します。
 私は個人的には、太陽より月の方が好きです。眩しすぎる太陽より、月の方がその光も趣きも優しくて、どことなく神秘的で・・・。古来から月は人の心を捉えて、多くの絵画や小説、そして音楽にもテーマとして取り上げられ続けてきています。
 私たち日本人の場合にも、月と花は大事な文化の要素です。日本の歌曲や童謡・唱歌にも月を歌った曲がたくさんありますよね。朧月夜、荒城の月、月の砂漠、雨降りお月、浜千鳥・・・etc.
月も花も、優しく儚げですが、花は散ってしまった後には実をつけ、青々とした新緑が芽吹き命が育ってゆく。
そして、月は欠けたり、満ちたりを繰り返しますが、ただ太陽の光があたっていないと言うだけで、本当は月そのものはいつも同じ状態でそこに存在しているわけです。
 私は、月のようにありたい。そう、ステージの上で照明を浴びて輝くという意味だけでなく、演奏を聴いて下さる方々は、まるで私にとっては太陽みたいな存在で、そのエネルギーで私は輝かされているように思うからです。
 眩しすぎる程、光を自ら放ち続けるそんなアーティストもたくさんいらっしゃると思いますが、私は、そっと見上げて愛(め)でてもらえるような、そんな歌い手がいい。目に見えない新月の時でもその漆黒の空にたたずんで、霞がかかっておぼろげでも傘をさしてたたずんでいる、そんな姿や存在を「こころ」で感じてもらえるような、そんな歌い手になりたいものです。
 私には、「月の光の音」を感じる大好きな曲があります。
湖畔の岸辺で感じる、夜露や夜の木々の間を駆け抜けてゆく心地よい風。
なだらかに続く湖畔への道をたどってゆくと夜の木立の間から突然現れる静かで、美しい湖の風景。
 鏡のように鎮まりかえった湖面に映る優しい月の光。
その深い藍色の湖面から顔を見上げると、そこには美しい三日月の姿が。
 満月のようにはたおやかではないけれど、その華奢で神秘的な三日月から、こぼれ落ちてくるような優しい月の光の音。小さな光のかけらが、パウダーライトのように次から次へと降り注ぎ、湖面を吹く優しい風にのって舞い上がる。なんと美しい世界でしょうか・・・。
ただひたすらに、その美しい光景に浸っていたいような、そんな月夜の晩・・・。
 あぁ、この音から感じるようなそんな場所って、どこにあるのか・・・。きっと地球上のどこかには、そんな場所が必ずあるに違いないと思う私です。
 以前、シェーンベルグ作曲の「浄よめられた夜」という素敵な曲を初めて聴いた時、その音の中に、お互いの愛を模索しあう1組の男女の心象風景を強く感じました。そして、本当は薄ら明かりを灯していただろう「月の光の音」を、残念ながら私には感じることができませんでした。その一方で、新月のような真っ暗な闇の中で悩み苦しむその女性の揺れる心とたくさんの不安や葛藤を切ないほどにシェーンベルグの織りなす音から感じました。しかしその後、とうてい許されず受け入れられないようなことさえも、その「愛の深さと力によって清められてゆく世界」に達した彼らと、明けゆく夜と命息づく清らかな朝の光の音を楽曲の終盤に感じました。
そして、私はこの「月の光の音」を感じた素晴らしい曲に出逢ったとき、「やがて満ちてゆく世界」をその美しくまた優しく夜空に浮かぶCrescent Moonと共に、その愛し合う二人に是非観て感じて欲しいと切に願いました。
 そんな勝手な空想をしながら「月の光の音」をひとり楽しんでいました。(笑)
 そして、この私にも、いくつかの忘れられない「月」の光景が、今でも変わらずに心の中にそっと、たたずんでいます・・・。ん?どんな想い出かって?・・・。それはね、ひ・み・つ。(笑)
この場所から・・・喜びへとつづく人の縁

 九州でのコンサートを振り返って、思うこと・・・。
東京での事前の準備に追われる中、単身で九州入りして2日で3つもコンサートが果してこの私に出来るのだろうか・・・。そんな心の中を去来する曖昧な不安。
 しかし、3つのコンサートを無事に終え、今思うのは、何と多くの方々に支えられていた事かという感謝と喜び。
コンサートを主催してくださった方々、遠くからコンサートに足を運んでくださった方々、コンサートを影で色々な形で支え応援してくださった方々、遥か遠くから心の中で一生懸命エールを送り続けてくれた仲間達。
たくさんの見えない「力」が、間違いなく歌っていた瞬間の私を支えていてくれました。
 昨年はじめてのCD収録の後、製作に参加してくださったある演奏家の方が、「演奏、歌唱といった、掛け替えのない一瞬を紡いだ表現に憧憬と畏敬の念を抱いております...もちろん日々感性を磨き、技術の鍛練を怠らず...そしてしかし、最後の一線は「いただく」ものであると信じております」と言葉をかけてくださいました。
 今回の九州コンサートミニツアー(笑)で、「喜びへとつづく人の縁」の中から、私は間違いなくたくさんのものを「いただき」ました。言葉では上手く表現できませんが、そんなコンサートをさせていただけたことに、本当は感激屋で泣き虫なこの綾乃は、声を出して泣きたいくらいの大粒の感謝の涙が溢れ出るのを止めることが出来ませんでした。
  この場所から一緒に始めてくださるあなたにだけ、こっそりちょっとだけ,綾乃からのプレゼント・・・。
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映画「らくだの涙」に想う・・・音に心が共鳴する世界

 モンゴルの大自然に暮らす4世代の大家族の暮らしの中で、家族と共に暮らしている駱駝の親子が
描かれている映画を観ました。
難産ゆえに赤ちゃん駱駝の育児を拒絶したままの母親駱駝に、馬頭琴の音色を聴かせたところ、親子の絆を取り戻すというものですが、とても感動したのが、映画のタイトルにもなっている「らくだの涙」する場面です。 らくだは、背中のコブの部分に水を貯めているので、砂漠を長い間給水
しなくても旅できることで知られていますが、その背中のコブに馬頭琴を吊るすと、ゴビ砂漠の風に弦が振動して、独特の音色を鳴らします。その音色にらくだが反応するのです。風と共に奏でられる自然の大地の息吹の音、自然の壮大な優しさが奏でるその音色に母親駱駝が、きっと体の中の
水や細胞中の水を通じて共鳴し、難産でささくれ立ってしまった心が癒されていったのでしょう。
 音楽家がその後で馬頭琴をコブからはずして、先ほどまでの大地が奏でる音色に類似した旋律を奏で、家族のひとりが、それに合わせて歌を歌ううちに、次第に駱駝は本来の優しい心を取り戻し、ついには、赤ちゃんらくだとスキンシップを始め、授乳し始めたのです。
 そして、ラクダの目から、次から次へと流れる「涙」・・・。
動物の涙の中に感じた「たくさんのこと」で、私も涙が出てきてしまいました。
 らくだも人も同じなんだと実感しました。「音に心が共鳴する世界」が描かれているとても素晴らしい映画でした。


宇宙を渡る(亘る)風

 歌の歌詞の世界に幻想のような、しかし、きっとマクロな意味での現実の世界を感じる時、とてもワクワクと心踊る瞬間があります。
風は、本来地球のように大気が存在して、水が地球レベルで循環して、気圧の差があったり、地球が自転していることとも関係していますよね。
 ある曲の歌詞の中に、沈みゆく太陽を追い越してみたい・・・というものがありますが、太陽の沈むスピードって考えたことがありますか?感じたことがありますか?
 本当は、太陽が沈むスピードは、地球の自転するスピード。
そのスピードは、なんと日本付近で380m/秒、赤道付近で460m/秒。
 地球が太陽の周りを公転するスピードが、29.78km/秒で、ついでにその私たちの棲む太陽系の太陽は、銀河を220km/秒で渦巻状に移動中なのだそうです。
 この果てしなく広い世界で、めぐりあえる確率は、まさに奇跡!素晴らしき奇跡!
 大気が存在していない宇宙には、風は吹いていないけれど、宇宙を渡る、宇宙を亘る風をなんとなく感じてしまいます。〜〜〜〜〜〜

またひとつ出逢った心を込めて歌いたい曲

 世の中には、数多の曲があり、その中の一体いくつと一生のうちに出会うのだろうか・・・。私の場合、美しいメロディや、心惹かれる歌詞や、色々な理由でたくさんの曲が耳にとまります。その中で、自分が歌ってみたいと思う曲、それはやはり色々な意味で涙するほどの曲。心揺さぶられ、どうしても歌いたい衝動に駆られる時、その曲に出会えたことが嬉しくてなりません。
 今年の晩夏、そんな曲にまたひとつ出会いました。こころを込めて大事に歌いたいそういう曲に。
その曲は、作詞者不詳の”死と再生の詩”を作家の新井 満氏が翻訳、そして作曲、歌唱をも自ら手掛けられた素晴らしい曲です。
 私が、歌をやはり歌っていきたいと強く感じ決意させる引き金となったチャリティコンサートをさせていただいた隠岐の島の看取り専門ホスピスで感じたこと。そこには、「死」に対する恐怖がなかったということ・・・。
 私は、自らのいくつかの経験から、ある時期、救急車のサイレンの音や、集中治療室(ICU)にこだまする人工呼吸器の音がとても悲しく辛く、耐え難く感じました。そして、同時に、自らがという事ではなく、漠然と「死」というものに言い知れぬ恐怖を感じ、また、「死」の対極にある「生」についても真剣に考えさせられました。私達の存在が、生と死を繰り返していく中で学び、螺旋状に上昇していくというような死生観に、輪廻転生がありますが、かつて生物学を学び研究していた頃、その不思議さや生きとし生けるものへの畏敬の念のようなものを深く感じました。
 この”死と再生”をテーマにした曲の世界は、悲しみの底へただひたすらに落ちてきそうな心を優しく包み込む、温かく、そして、壮大で普遍的な「愛」の姿を描いているように思います。
私自身、今尚、死を深く恐れているのだと思う中で、死のその先には、「千の風になって」、私たちの生きている世界のたくさんのところに、その形は失ったけれども、「想い」が言葉では言い尽くせないほどの優しく深く大きな「愛」となって、吹きわたって、生きている私たちを見守っていてくれているのだという希望と勇気をたくさん感じるこの曲を私のまだたった一つしかないオリジナルの曲「ことだまの女神」と同じように大切に歌っていきたいと思います。
 そして、きっと日本や世界中には、まだ私が知らない、気がつかない素敵な曲がたくさんある。
私を待ってる曲がある。そして、そして、これから生まれでてくる曲がある!
 待っててね、一生懸命探しにいくから・・・。
そして、もし、こんな素敵な曲があるのです!是非歌って下さいという方!
綾乃までご一報を!!  

あの日は特別だった・・・

 2005年1月13日。約一年ぶりのソロコンサートでした。そして、多分、私にとっては初めての本格的なソロコンサートでした。
色々ありましたが、何とか無事につとめることが出来ました。
でも、自らが思っていた以上の評価をたくさん頂いたようで、そして、追加公演という形に繋がりました。
 今、胸の中に去来する奇妙な感覚があります。
言葉では、上手く表現できません。
ただ、感じているのは、あの日、そうです、ソロコンサートの日、ステージの上にいた時、自分の力を遥かに超えた見えない何か不思議な力によって歌っていたように思います・・・。
 以前、あるアーティストの方がおっしゃっていた”いただく”という感じのうんとうんとすごいものみたいな・・・。
ステージの上にいた時にもうひとつ感じたこと。
お客様との間の世界が、”生きてうごめくようなもの”であったこと・・・。
 そういったもの全てが、まさに”畏敬”というような言葉で象徴されるように今感じます。
 あ〜、修行が足りんな〜。こんなに動揺してどうする・・・。
ザゼンソウのように座禅でもしてみるか・・・。
つまり、自分ではこう思っているということ。
 あの日は特別だった・・・。
 そして、きっとたくさんの応援をしてくださっていた方々から届けられた素晴らしいプレゼントだったのだろう・・・と。ありがとう。感謝しています。


音楽はひとつ・・・

 とあるご縁があって、今日2005年2月5日、上智大学の中にある聖イグナチオ教会で執り行われたブラジルの世界的ベーシストのルイゾン マイアさんの追悼ミサに参列してきました。石作りの荘厳な聖堂の中には、床から天井まである美しいステンドグラスに午後の日差しが穏やかに射して、美しい光の世界を作り出していました。
故人の残された言葉が、喪主の奥様から最後に伝えられました。

 音楽はひとつ ミュージシャンはひとつ 世界はひとつ
 地球はひとつ 宇宙はひとつ
 全ては ひとつ

 私は、音楽の世界で嫌な思いは幸せな事にまだしたことがありません。
きっとたくさんの素晴らしい方たちに、たくさん守っていただいているのだと、何人もの方から笑顔と共に言われることがよくあります。
音は、今の私にとって、魔法のようなもの・・・
 音の世界では、たくさんのことが現実のように生き生きと浮かび上がる。
でも、畏敬の念をひとたび忘れると、奈落の底へと落ちていく事もあるのかもしれない・・・。音に心躍らせ、魅了される時、幸せだと思うこともある。
 いろいろな涙を呼び起こさせられて、怖くなることさえある・・・。
音の世界は、本当に不思議です。
素晴らしき音を生み出し、奏でるたくさんの仲間と心ひとつでありたいと思うような、そんなひとつの命が、光の世界へと帰っていくような気持ちを感じたミサでした。

涙で目覚めた朝

 ソロコンサートの追加公演がおかげさまで、何とか終わり、コンサートの後の
色々な雑事に追われていた翌々日の朝のことでした・・・。
かねてから、夢をよくみてまた、よく覚えているたちの私ですが、その日、頬を流れる涙で目が醒めました・・・。
 それは、その目覚める直前までに見ていた夢のストーリーにあまりに
感動して夢の中ですでに泣き始めてしまったのでした。
そして、左を向いて寝ていた私の左の目から涙が伝うのを感じて、
目が醒めたのです。
さすがの私もこんな事はそうたくさんあることではありません。
 いったいどんなストーリーに感動したのか。
感動の基準は人によって違いますので、具体的にはお話しませんが、ただ真髄に触れる部分としては、”人知れず心のそこからその人を想う気持ち”に感動したとでも表現したらいいのでしょうか。
 たとえその本人には、すぐには気がつかなくても、深い思いでその人の真の幸せを心から祈れるようであれたら、素晴らしいことですよね・・・。
 はてさて、何でこんな夢を見たのやら・・・?
その夢では、私は、想われていたことに最後に気がついた登場人物の”ああ、そんなにも大切にされていたのか・・・”という気付きの瞬間に夢のなかで心が打ち震えました。
涙で目覚めた朝でしたが、言い知れぬ幸福をたくさん感じて目覚めた朝でした。


オペラ「椿姫」に見る人生の矛盾と希望

 今、挑戦中のオペラのアリアの曲のひとつに、オペラ「椿姫」に出てくるある曲があります。
かつて、何度か舞台や映像を見たことがあったのですが、改めてDVD版を全編、涙でぐちゃぐちゃになりながら観ました。
ストーリーについては詳しくは書きませんが、そこには沢山の愛の形が登場します。
 主人公の椿姫(ビオレッタ)に見られるような、身を引くことで真の愛を貫き通し、最後は、幸せを目前にしながら時すでに遅くして病に敗れ死んでゆく姿は、言葉になりません。
 若気の至りと、物事や人生の真髄にまではまだ深く至れていない、椿姫にその一途な愛を捧げながら、人生の不条理に最後は苦しむもうひとりの主人公アルフレード。
 自らの寂しさと、世間体というまやかしの愛を何よりも優先した年老いたアルフレードの父親が最後に気付く”尊い愛”の形・・・。
 人生とは時として何故にこんなにも矛盾や悲しみに満ちているのでしょうか・・・。そして、いったいその中にあって、何に希望を見出せば、強く生きていけるのでしょうか・・・。
 祈る力、信じる心。
何故か、死を目前にしたヒロインの悲しみと幸せの姿の葛藤を歌った曲に多く惹かれる私です。
う〜ん、人生は、むずかし〜〜〜〜っ!


どんなジャンルの曲であっても

 つい数日前、先日の3月4日のソロコンサート(追加公演)にご夫婦で足を運んでくださった方からメールをいただきました。
そこに書かれていた嬉しい言葉は、たくさん歌わせて頂いた曲の中でも、オペラの中に登場するあるアリアに関するものでした。以前から、耳にしたことがあって好きだったその曲をその日聴いてその曲がオペラの中の曲であった事を初めて知って、オペラも観て見たいと思いました・・・ということでした。
 私は、ジャンルを気にせずそのときに心から歌いたいと思った曲を出来るだけ歌うようにしていますが、クラシックの曲だからとか、ポップスだからとか、たまたま”ジャンル分けされてしまった”がために聴くチャンスが損なわれてしまう事ほど残念な事はありません。
 どんなジャンルの曲であっても、そのときの私やあなたの心に響く音楽であるならば、是非陽の目を浴びるチャンスがあって欲しい・・・。そして、以前は心に響かなかった曲が、人生の経験や歳月の流れとともに変わり成長したそれぞれの中で、新たな感動を生み出す種を蒔くならそれはまた素晴らしい事だと。
 もちろんそれは音楽に限らず、文学作品や絵画なども同じ事だと思います。


人が自然に歩み寄る石笛(いわぶえ)の世界

 4月9日の新月の夜、東京お台場にあるホテルで、石笛(いわぶえ)のコンサートがあり、聴きに行ってきました。
世の中には、たくさんの種類の吹きものがありますが、そのほとんどが、人工的に穴を開けて加工された楽器です。この日の石笛の奏者、横澤和也さんのお話では、たとえば、竹で出来たひとつの笛があったとすると、それは、我々人間のわがままでたまたま笛になったもので、もしかしたら、その竹は、箒になりたかったかもしれない・・・。あるいは、釣竿になりたかったかも知れ・・・と。
 しかし、石笛は、ニオ貝という二枚貝が自分の棲み家とするために酸性の液を出して、石を溶かしてそこに棲んでいたなごりの穴がたまたま開いていた石なので、音階もピアノのようにきれいに出るわけでなく、ましてや、必ず音がでるわけでもないのだそうです。私たちが、心を込めて自然の産物のその石笛に限りなく歩み寄って、息を吸い、そして吐くことで音がでる。そして、それはもともと縄文時代の遺跡からも出土するように、神事の祭具であったそうです。
 たくさんの神社や仏閣で奉納演奏をされていらっしゃる横澤さんの奏でる音は、時空を越えて夜のしじまにひびきわたる不思議な音色でした。


春夏秋冬の心

 数日前、コンサートを聴いてファンになりました、と嬉しいお手紙をいただきました。
その方からのお手紙に、とても心に残る言葉が記されていました。

 人に接する時は春のように温かい心で
 仕事をする時は夏のように燃える心で
 考える時は秋のように澄んだ心で
 自己を反省する時は冬のように厳しい心で
 これ即ち春夏秋冬の心。

 本当にそう在りたいと心から思いました。
心温まるお手紙に感謝です。


人生にはなにひとつ・・・

 先の東北ツアーでは、また新しい方がたとの出会いがたくさんありました。そして、そのふれあいの中から、貴重な言葉を頂く事もたくさんありました。
 今回とても心に残った言葉・・・
「人生には、なにひとつ無駄なことはないのよ・・・」。
その当事者にあって、身に振りかかってきた出来事が喜ばしい事でなかった時、すぐにはそうは思えそうもない時もあります・・・
しかし、この言葉に何故か今はとてもうなずける自分が不思議でした・・・
 そうか、み〜んな“肥やし”なんだぁ・・・
人生の適度な良い肥やしによって、自分の中の種が素敵な花をいつか咲かせる日が来るとそう、信じることができるから、うなずけたのでしょうか・・・


私の幸せがあなたの幸せにつながる喜び

 遠方の友人からメールが届いてきた。
今、東京の渋谷に「ビリケン」が大阪から来ているらしいから、是非行って、足の裏をなでてくるといい・・・と。
心に願いを込めて、足の裏を触って、もしビリケンの顔が笑っているようにみえたら願いが叶って幸せになれるから!・・・と。

 ビリケンは、自分の手では足の裏が届かないので、
足の裏をなでてもらうと喜んで願いを叶えてくれるのだそうな。
その友人は、自分は触りにいけないけど、私が触りに行って、幸せになればそれで自分も嬉しいと。

 私は、たくさんの人になでられて磨り減ったビリケンの足の裏をなでながら、そっと祈りました。
私の音楽を通じて望む幸せが、誰かの幸せに繋がることを夢見て・・・
そして、きっと、叶うと・・・ネ、BILLIKEN!

 教えてくれて、ありがとう。
あなたにも、素敵な幸せがたくさん訪れると祈っていますよ。


夢中になるということ・・・

 あまりテレビを見ない私ですが、久しぶりにテレビをつけて偶然目に飛び込んできた番組。
高校生のブラスバンド全国大会出場をかけた青春のある姿をドキュメンタリーにしたものでした。
大会当日までの彼らの技術的、精神的成長の様に、ある種の危機感を覚えたとでも表現したらいいのでしょうか・・・
 自分は、いったい何故歌いたいのか、何を目指したいのか、“夢中になるということ”のその先にあるもの・・・今更?今だから?
いえいえ、実は時々そういう疑問を自分に問いかけて、自分を試してしまう私です・・・
 ほんの少しの挑戦をした今年の夏、爽やかな秋風が吹き出した今、ほてった夏の思い出を懐かしむように、心の中の色模様をちょっと感じる私でした。
 彼らの無心の頑張りに感動した“涙”に重なって、もう一筋、ちがう涙が流れました・・・



つもり違い十か条

 友人宅のトイレに小さな額がかかっていました。
何が書かれているのかと思えば、
なにやら教訓らしき箇条書きの文言。
 その名も、「つもり違い十か条」。
丁寧に読んでみると、
なるほどの連続でした・・・。

 それでは、参りましょうか。

 高いつもりで低いのが 教養
 低いつもりで高いのが 気位
 深いつもりで浅いのが 知恵
 浅いつもりで深いのが 欲望
 厚いつもりで薄いのが 友情
 薄いつもりで厚いのが 面皮
 強いつもりで弱いのが 根性
 弱いつもりで強いのが 自我
 多いつもりで少ないのが 分別
 少ないつもりで多いのが 無駄

 あなたの“つもり”は、ありました?



“中村はやく回る”

 私はよくいろんな夢をカラーで見て、それを起きた後も良く覚えている事がある。
先日も可笑しな夢を見ました。

 銀河系かはたまた銀河系外か、とにかくどこかの惑星群の夢。
そのミニュチュア模型が美しく光りながら目の前を漂っていて、
目の前には私のほかに、小さな男の子と見たことのない男性がひとり。
大小合わせて4つの惑星が、正方形の1メートル四方ほどの板の上に、
それらが宇宙空間で並んでいるのと同じ配置でおさまり、
それら惑星の名前がわからない私が、どうもとてもその惑星群の事を詳しいらしいその小さな男の子に尋ねた・・・。
 と、その男の子。
まことしやかに、私が尋ねたひと際大きな惑星を指して、その名前を・・・
「中村はやく回る」だよ!

???

 その変わった惑星の名前に驚きつつも私はもうひとつ今度は一番小さな惑星の名前を尋ねてみた・・・
 するとその男の子は、“えっ、この名前も知らないの?”と呆れるのと幾分馬鹿にしたような顔で私を見つめて、
「ホニモ!」と言うではないか。
 ホニモ?????
 思わずその奇怪な名前に爆笑しそうになり、と同時に摩訶不思議なその夢を見ている自分に、夢の中で感動しながら(笑)目が醒めた・・・

 し、しかし・・・困ったことが。
それから毎日気になってしまうことがある・・・
惑星は4つ在った筈だ。
名前は2つまでしか聞かなかった。
後の“ふたつ”惑星の名前は一体なんだったのだろう・・・
とても気がかりだ・・・と、友人に真顔で話したら、お腹を抱えて笑われて、ひとこと。

「その夢の続き見たら!」(笑)

 そこで了解!
夢の続きを見ることが時々出来る私は、毎晩今か今かとその惑星が夢に登場するのを待っている・・・(^o^)丿
んっ?
変ですかね・・・(^_^;)



奇跡の人を観て・・・

 東京・青山劇場で上演されている“奇跡の人”を観に行ってきた。
演劇作品としては、実は随分と以前に日生劇場で大竹しのぶさんがアニー・サリバン役を演じていたのを観たことがあったが、映画の「奇跡の人」を観たのが私の脳裏にはとても印象に深く残っていた。
 映画版は、1962年の作品でヘレン・ケラー役を、パティ・デューク・アスティンという当時15歳の若い女優が演じていた。彼女の当時の“盲目”の演技にとても感銘を受けたが、驚いたのはその後1979年に、そのパティ・デューク・アスティンが今度は、アニー・サリバン役としてリメイクされたものを観たときだった。
その時の私にとっての“奇跡の人”は、三重苦を克服してゆく、ヘレン・ケラーに対しての印象が幼いころに読んだ偉人伝のような本の影響もあってか、とても強かったことを記憶している。

 今回、久しぶりに「奇跡の人」を観ながら、感じていたこと・・・。
それは、ヘレンが手こぎ式のポンプで水を汲み“言葉に目覚める”あの有名なシーンの直前のセリフを聴いていた時のことだ。
 私は迂闊にも大切なことを見落としていた、というより、間違っていたのかもしれないと・・・。それは、“奇跡の人”は、ヘレンではなく、サリバン先生だったのだということである。いや、彼女達(サリバン&ヘレン)というべきなのかも知れない。

 その時の、葛藤するサリバン先生のこの言葉を引用しよう。

 「たったひとつの言葉で、あなたの手に世界を載せてあげることができるのに。
 一体どうすれば、教えられるの?言葉がすべてのものを表すということを。」

 『言霊』をテーマにした曲を歌う立場にあって、私には、今更ながらこの言葉に激しい衝撃を感じたのだ。
人は、言葉を話す生き物であることを。
劇中のセリフの中で、“言葉は、光”であるというものにも熱いものを心に感じた。
 上手くは説明ができない。しかし、その衝撃の理由の一端でも感じていただけそうな文章を、持ち帰ったプログラムの最後のページに発見したので、ここにご紹介したいと思う。

「太初(はじめ)に言(ことば)あり、
 言(ことば)は神と偕(とも)にあり、
 言(ことば)は神となりき。
 ・・・・・・
 萬(よろづ)のもの、これに由(よ)りて成り、
 成りたる物にひとつとして之によらで成りたるはなし。
 之に生命(いのち)あり、この生命(いのち)は人の光なりき。
 ・・・・・」
〜ヨハネ傳福音書より〜

 言葉を大切に歌いたいと、改めて思った劇場帰りの晩であった。